承ジョナと楽しい仲間たち

竹葉の書いた承ジョナのログを上げ続けます

お買い物承ジョナ

短い。スーパーでうらうらする二人。

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融点まで融かされたかのような橙色の中、ジョナサンは野菜コーナーの前で立ち止まっていた。親戚である空条家に、一時的であるが住まわせてもらっている身として、空条ホリィに何か手伝うことはないかと聞いたのが始まりであった。それじゃあ、スーパーに行って買い物をして貰おうかしら、そう言った彼女の提案に何も考えず了解を出したジョナサンではあったが、よくよく考えると『買い物』といったものをしたことが無いと、道を歩いているうちに気が付いた。
イギリスの実家にいる時にした買い物など、一人で学校帰りにこっそりと行ったチップスの買い食いくらいである。他はハウスキーパーたちが食材の買い出しから、衣料品の買い付けまで、誰かがジョナサンの代わりに行ってくれただけに過ぎない。ジョナサンは手元のメモ用紙を見て、むうと一つ唸った。
ナス、キュウリ、トマト。生鮮野菜コーナーで買うべきものは見つけることが出来た。ただ、野菜一つとっても大きさや種類、袋に入っている個数までがばらばらである。鼻腔に低い声を響かせながら、ジョナサンは正解の野菜を探した。ホリィは特に何か指定をしてきたわけではない。それこそが問題でもあった。ジョナサンには、野菜の加工される前の姿と、加工された後の姿の連続性が分からない。どの野菜がどの料理に化けるのか、台所で料理をするホリィの手元でも見ておけば良かったと思った。
ジョナサンは意を決して、三つ四つ入った袋をカゴの中に入れていった。トマトの上にキュウリの袋を乗せると、ぎゅう、と擦り付けられるような音がして、ジョナサンは慌ててトマトをカゴの一番上に持っていった。
次は豆腐である。ジョナサンは豆腐コーナーの種類の豊富さに眩暈がした。お味噌汁に入れるから、とホリィが言っていたので、多分、この気泡が多く入った豆腐を指しているのだろうとジョナサンは木綿豆腐の前に足を延ばした。そうしてまた困り果てる。穴の空いた豆腐は、棚の上から下まで、大きな違いなど分からないだろうと嘲るように並んでいた。ホリィの作る味噌汁は旨い。旨いが、それが豆腐の違いによって生み出されているのかどうか、ジョナサンには分からなかった。
一つ溜め息を吐くと、隣に人影が差してきた。ジョナサンは邪魔にならないように横に移動する。と、影は腕を引っ張って、豆腐コーナーの前に体を引き戻した。どきりとして横に目を向けると、そこには学校帰りであろう、空条承太郎がいた。空条家の一人息子である彼は、スーパーにほとほと似合わない見た目でジョナサンの腕を掴んでいた。
「お帰り、承太郎」
ジョナサンが目を一度二度瞬かせているうちに、承太郎は二番目くらいに安い木綿豆腐を手に取って、ジョナサンのカゴに入れた。
「いつまでかかってんだ。ババアが心配してたぜ」
承太郎はそのままジョナサンのカゴをひったくると、すたすたと別のところに歩いて行った。ジョナサンはメモをちらりと見下ろして、承太郎の後ろについていく。
「もしかして、見に来てくれたの?」
承太郎からの返事はない。しかし沈黙こそが彼の肯定だと知っているジョナサンは、へへ、と間の抜けた声色で笑った。
「次はね、コンニャクだってさ」
「そこの棚にある。好きなやつでいいから取ってこい」
ジョナサンは丸いコンニャクを持って行って、承太郎に、それは違う、と突き返された。ジョナサンは茶色く味の沁みた丸いコンニャクが好きだった。承太郎も、確か好きだったと記憶している。二人でころころ箸の上を転がしながらコンニャクを口にしていた筈だった。
「煮付けにするから、麺みたいなやつにしろ」
「色が何個かあるよ」
透明の、と承太郎に言われ、ジョナサンはぱんぱんに張ったコンニャクの袋を手に取った。カゴの中を覗くと、調理前の食材たちがごろごろと放り出されたように入っている。これらを数々の料理に変化させる手腕に、ジョナサンはこっそりと感動した。
「今度、僕も料理をしてみようかなあ」
ジョナサンが卵コーナーを覗きながら言うと、承太郎が嫌な顔をして振り返った。
「スーパーもろくに使えないのに、できんのかよ」
「それは、承太郎にも助けてもらってさ」
「手伝う前提かよ」
承太郎は卵が十個入ったパックを、カゴの端に寄せるようにして入れた。そうすると卵が潰れないで済むのか、とジョナサンは少し納得する。そして、この程度で納得してしまう自分が料理を作るのは、確かに難しいかもしれないな、と思った。
橙色の光が、大きな採光窓から通路に向かって一直線に差してくる。用の無い通路を横切るたび、頬の片一方がじんと焼けるような気がした。前を行く承太郎はあまりジョナサンを振り返らない。大きな、しかし自分よりも狭い背中で、ジョナサンの行く先を示してくれる。ホリィも、家の中で活動するときは、あの小さな背中で全ての仕事を仕切ってくれている。
「かっこいいねえ」
「どこがだ」
加工肉コーナーの真ん前で立ち止まった二人は、ハムを目の前にして顔を見合わせた。承太郎は普段ジョナサンの前でよくする、少し呆れたような、不可解に思っているような顔でこちらを見つめていた。ジョナサンは二番目に安いハムのパックを手に取って、カゴの中に入れた。そうして、薄く笑う。
「やっぱり、僕も料理、勉強するよ」
暫くの間、承太郎は口を薄く開けて何かを言う素振りを見せたが、そのまま前を向いて、別の場所に歩いて行った。ジョナサンはその後ろをついていく。多分、もうそろそろ、レジに行って清算をするのだろう。それくらいは自分にやらせてほしい、とジョナサンは強く思った。