承ジョナと楽しい仲間たち

竹葉の書いた承ジョナのログを上げ続けます

四部太郎と年下ジョナサン

ツイッターの方で1、2と続けて載せたミニ小説です。かなり短くて「これは大丈夫なんだろうか…」とかなりヒヤヒヤしていました。以前書いた学パロ承ジョナでも、途切れ途切れに小説を書いていて、それもまとめるのに苦労したので、この作品もなんか不安が多いやつです。

実は続きを書きたい気持ちはあって、それだったらちゃんと纏めて書きたいな〜と思っていたりします。

あと四部太郎と銘打っていますが正確には「歳をとってコミュ力の落ちてきた承太郎」のことを指しています。

 

--------

人を好きになって、大抵、良い思いをしたことがない。

生まれつきのお人好しが損をさせるのか、幼い頃から付き合っていた彼女は寝取られ、成人になってから知り合った親友はいつのまにか事業で大成し、最近では会うこともまばらである。誰かの大切になる、ということは難しいことなのだと思う。自分が他人を大切に思うことよりも、何倍も何倍も、難しい。大体にして、その二人くらいしか知り合いがいないことが原因なのでもあるし、結論であるようにも思えた。

ジョナサンはひたすらに孤独だった。孤独に慣れ親しみ匂いをすっかり染み着かせた体ではあるが、だからといって人嫌いなわけでも、孤独でいたい訳でもなかった。

なぜこうなったのだろう、と疑問を呈するタイプの人間ではなかった。ただ寂しく、手足を冷たい氷水に浸してしばらく生きていただけだった。好きな人は、今でも欲しかった。けれどどこかで、これ以上酷い目に遭いたくないという思いもあった。そしてその上を行くお人好しさで、ジョナサンは傷付いたって構わないほどに、人というものを好きでいた。

「このカフェは、よく来るんですか」

「あまり、来たことがない」

そう思うと、向かいに座る男は一体どんな精神状態で己に声をかけてきたのだろう。

白いロングコートと独特のピンバッチが付いたキャップを被った男は、出会ってすぐに自己紹介をした。空条承太郎。奇しくもジョナサンとあだ名が同じの男。美丈夫で、ジョナサンと同じくらいに背が高く、道を歩くだけで男も女も振り向く人間。

ジョナサンはいつも通う図書館で空条氏に声をかけられ、今は近くのカフェにまで来ている。一体、何事なのだろう。ジョナサンは自身の魅力と呼べるものを今まで散々に蹴散らされて来たため、相手を惹きつけるものに覚えが少しもなかった。

空条氏はカフェの椅子に、長い足を持て余すようにして座りながら、帽子の鍔を弄っている。定位置が決まらないようにあちらにやり、こちらにやり、そして少し咳払いをする。ジョナサンは空条氏が口を開かないでいるので、仕方なくお冷で唇を濡らしてから、声をかけた。

「あの、僕はジョナサン・ジョースターといいます。その、空条さんはどうして、僕に声をかけたのでしょうか」

「敬語はいらない」

「はあ」

小さく溜め息のように返した声に、空条氏は目を細めてゆったりと話し始めた。

「以前から、君を見て、気になっていたんだ。とても研究熱心な学生のようだったから」

「僕は学生じゃないけれど」

そう言うと空条氏はばっと顔を上げて、失礼した、と呟いた。

「何の仕事をしているか、聞いても?」

学芸員をやっています。博物館の」

「なるほど」

空条氏はまた言葉を止めた。ジョナサンは元々口下手な方ではあったが、彼の前にいると普段の数倍やり辛さを覚えた。まるで時間をいちいち止めて話をしているようだ。そうであるならば、彼はもっと言葉を練ってから時間を戻せばいいのに。

空条氏は長く節ばった指を膝の上で交差させ、ジョナサンのことを見つめていた。鮮やかな青緑の瞳がきらきらと光っていて、ジョナサンは空条氏のそこだけをすぐに気に入った。

「空条さんは、」

「承太郎で良い」

「承太郎さんは、何のお仕事をしているんですか」

空条氏は水を一口飲み、テーブルに肩肘を乗せ、顔を近づけるようにして話した。

「私は大学で水棲生物の調べ物をしている。教授というやつだ」

「素晴らしい、お仕事だね」

ジョナサンは敬語を取るのに塩梅が掴めず、何とも妙ちくりんなイントネーションで言葉を発した。空条氏はジョナサンの言葉に、瞳の色を淡くさせた。彼の強張りが少し溶けたような気がする。綺麗だな、ジョナサンはぼんやり思う。

「それで結局、どうして僕なんかを誘ったんだい?」

「一度、話してみたかった。どうしても」

「では何か聞いてみたら」

そう提示すると、空条氏はまた顔を厳しいものにして、それを今考えている、と言った。ジョナサンはまたこの人が時間を止め損ねたことに気付いていた。

「いや、けれど君が好むものは大体知っているんだ。図書館で借りている本たちを見てしまえば」

「なるほど、それはたしかに」

話がぱつんと糸を切られたように終わってしまう。ジョナサンは質問を受ける側の筈なのに、このままでは間が持たないと焦りを覚え始めた。声をかけてきたくせにやたらと無言の多い大学教授は、それはもちろん変てこりんな存在ではあったけれど、だからといって彼との会話の機会を無下にしていいわけではないと思った。ジョナサンはテーブルの上のメニューを大仰に開くと、空条氏の目の前に突き出した。

「な、何か食べるかな」

「では、コーヒーをひとつ」

すらりとした指を一本挙げて、空条氏は滑らかに言った。ジョナサンは慌ててメニュー表を自分で見て、ドリンクカテゴリを探した。近くを通る店員にオーダーをして、やっとひとつ労働を終えたかのように息を吐いた。空条氏は相変わらずの切れ長な瞳でこちらを見据えていて、ジョナサンは己の姿かたちを意識せざるを得なかった。

「例えば」

空条氏が口を開いた。ジョナサンは水中にやっと与えられた空気を求めるように言葉を聞く。

「例えば、君が、とても興味のある人物に近付きたいと思ったら、どうするんだ」

空条氏は薄い骨を揺らす低音で、そう聞いた。ジョナサンは顔に出さないようにして驚いた。おそらくだが、空条氏の言う『興味のある人物』とは今ここにいる自分のことなのだろう。ジョナサンは己が他人に興味を持たれていること、そして近付きたいと思われていることにとても仰天し、暖色の嬉々が広がるのを感じた。

「ええっと、それは、やっぱり声をかけて、カフェにでもお誘いをするかな」

言ってから、これは空条氏のしていることそのものだと気付いて、ジョナサンはぱっと頰を染めた。空条氏はゆっくり瞬きをして、そうしてから優しく笑ってみせた。

「それでは、どうやら私は合っていたようだな」

あまりにも彼の微笑みが優しいもので、ジョナサンは気恥ずかしさがむわむわと心中に立ち昇るのが分かった。

「上手いんですね」

「なにが」

ジョナサンは早く紅茶が来ないか指を組みながら思った。

「こういう…人を喜ばせることを、言うのが」

空条氏はぱちくりと目を瞬かせ、それから照れくさそうに帽子の鍔を下げた。どうやらこの人は、照れ隠しに帽子をいじる癖があるようだ。

「いいや、下手だ。人を楽しませるなんてこと、てんで駄目だ」

頰に溢れた柔らかな髪を耳にかけて、テーブルの縁を瞳でなぞってから話す。

「けれど君を喜ばせることができたのなら、嬉しい」

ジョナサンはまたしても気恥ずかしさに呼吸が苦しくなるような気がして堪らなくなった。なんだ、なんなんだ、この男は。

ジョナサンに他人を魅了する力がないのなら、空条氏は、魅了の塊じゃあないか!

 


思えば、自分は意図して誰かと繋がろうとしたことなど無かった。それは承太郎が単に人と繋がりたいと思うタイプではなかったというのもあるし、むしろ他人とのやり取りを忌避する方だということもある。自然と人は近付いていくものだし、合う合わないだってあるだろう。今まで困ったことは無かったし、恐らくこれからも、困ることはないだろうと踏んでいた。

そういうことで、承太郎は人に近付く為の手段を、殆ど持ち合わせていなかったのである。

「あ、ごめんなさい」

青年に会ったのは秋の半ばの休日であった。日の落ちるのが随分と早くなった日の中で、承太郎は習慣としている図書館への来館を果たしていた。図書館はとても良い場所である。時々、長期休暇前の学生で溢れかえる時以外は、静かで、不干渉で、知識に満ちた場所だ。承太郎はフィールドワークで海に出ることも好きだったが、時には腰を下ろしてずっぷり読書に浸ることも好きだった。

いつもの特等席になった、図鑑で溢れている奥のソファには、全くと言っていいほど人が近寄らない。承太郎は自分の部屋のように足を伸ばして、『生物』コーナーの図鑑の端から本を読んでいく。ページをぱらぱらとめくるうちに、一つ飛ばしたソファへ誰かが座るのが気配で分かった。何となく、そちらへ目を向ける。こんな所にわざわざ座りにくるなんて奴は、自分のように研究熱心な者以外そうそういない。

ぱちり、と緑色の丸い瞳と目が合った。承太郎はぎょっとしてすぐに視線を逸らした。代わりに書架の分類カードが目線の先にぶつかる。承太郎は自分が目にしたものが人間の眼球だということに、おかしなことだが変に動揺してしまっていて、一度二度と目を瞬かせた。

もう一度、己がみたものを確認したくて、承太郎は左側に座ったものに目を向けた。ソファに座っていたのは、承太郎よりも大きな体つきをした青年だった。青年は糊のきいたシャツとスラックスを着て、肘掛けに厚い本を何冊か重ねていた。承太郎はまた目を逸らした。他人をじろじろと見るのは失礼で、自分らしくない。意識を逸らして手元の本に顔を向けた。

途端、ばさばさと本が落ちる音がした。

「あ、ごめんなさい」

潜められた声、横を向くと青年が肘掛けに乗せていた本を床から拾っている所だった。恐らく、広い肩で本を落としたのだろう。落ちた拍子に本の題名が見える。どれもが民俗学や考古学の類の本だった。承太郎は手伝いもせずに、その青年の姿をじっと見ていた。大きな体からは想像もつかないほどの童顔で、木の実を連想させる丸い瞳をしている。いそいそとしゃがみ込んで本を集める様は、熱心な学生にも見える。

青年は本を集め、今度は自分の膝の上に置くと、世界を隔絶するように集中して本を読み出した。承太郎は、こんな若い青年にこの本を読み切ることができるのだろうか、と思った。そうして、過去の自分も学生時代にああやって本を読み耽っていた事を思い出し、少し恥じらいを覚えた。栗色の髪の毛に、緑の瞳。承太郎はこの青年が脳裏に印刷されていくのを覚えた。きっと、また自分は彼を図書館で探す。そんな気がしたのだ。

「そうして、君が知らないうちに、私は君と何度か出会って、君のことがもっと知りたくなったという訳だ」

承太郎は運ばれてきたコーヒーを一口飲むと、対面に座るジョナサンに説明した。彼は本を読むときとは打って変わって、どこか不安げに視線を揺らしている。ジョナサン・ジョースター、忘れないように、後でメモもしておこう、承太郎は思った。

「その、ありがたいです、けど。僕はあなたを喜ばせるようなこと、できないよ」

ジョナサンは光の角度によってオリーブに見える栗毛を、端の方だけ摘んで言った。承太郎は不思議な気持ちになる。どうして、彼が自分を喜ばせるなんてことになるのだろう。

「私は君に興味があって、近付きたくて、こうして話しかけたんだ」

そう言うと、ジョナサンはまた困ったような顔をして、手元のティーカップを回す。なぜこんなに、思いを伝えることは困難なのだろう。承太郎はただ、ジョナサンのことが気になっているだけなのだ。理由や根拠なんて、どうだって良いだろうに。

「これからも図書館に来てくれ」

今までと変わらずに、ずっと。承太郎はそう言って椅子から立ち上がった。伝票を指の端に挟んで、カウンターを目指す。

「待ってください」

後ろで、ジョナサンが呼び止める。承太郎は足を止めて振り返った。ジョナサンは寒さからか、頰をほのかに染め、唇を何度か噛みながら言った。

「僕、あの、ちゃんと図書館に行きます。前みたいに行きますから…今日みたいに、お茶に、誘ってもらえない、かな」

ジョナサンは言ってから、とても後悔するように視線を地面に落とした。承太郎はその仕草を見て、この事もメモしたい、と思った。

承太郎はジョナサンの側に歩くと、座ったままの彼の肩に、すいと手を乗せた。鍛えられた筋肉で、ジョナサンの体温は随分と高かった。

「もちろん」

するとジョナサンは瞳をちかちか光らせて、何か言葉を乞うように喉を上げた。承太郎は何を言えば良いのか分からない。ただその伸びた首が滑らかで、無意識にジョナサンの襟元を撫でていた。彼はばっと顔を赤らめる。

承太郎は少し笑うと、カウンターへ行き、振り返らずにカフェを出て行った。

ジョナサンは何が欲しかったのだろう。承太郎には分からない。ただ、これからもジョナサンに会えるということが楽しみで、受け取ったレシートを口元にやり、薄く持ち上がった口の端を擦った。